2008年01月04日

Vita lingualis 3. 中学校 (3) 読み物

中学時代でもう一つ覚えているのは、大学生に読解を習ったことでした。学年がいつだったのか思い出せないのですが、週に1回、ペンギンブックのイソップ物語を教えてもらいました。中学生のレベルからはかなり高いものだったのではないかと思います。実際、分からないところだらけだった記憶があります。それでも読み物については、スピーキングのような即時性は要求されないので、少し背伸びしても時間をかけてトライしてみるのも良いことかもしれません。

外国語を話すときも、読んだものの厚みという根が大きく広がってないと、すぐに倒れてしまう気がします。私の例でいえば、英語とスペイン語を比べると、英語は学校教育の中でそれなりの読み物をこなす訓練をしてきたのに対して、スペイン語ではそうした正規の教育を経ていないため、話すときにはどうしても底の浅さが露呈してしまいます。これはたとえスペイン語の発音がきちんとできていたとしても変わりません。

日本の外国語(特に英語)教育が読解や文法に偏していると批判されることがありますが、必ずしも当たっているとは思いません。文章の構造が異なる外国語を正確に理解する方法論は学ばなければ身につかないのは当然だし、その際に文法の助けを借りることは効率の観点からは自然なことです。その上で発音については基礎的な原則と手本となる良い発音があれば習得は難しくないというのが私の考え方です。

ただ、これにはそれなりの時間と手間はかかります。おそらく学校の授業時間だけでまかなうことは不可能でしょう。だとすれば、授業時間では基本的な知識や学習の方法を示すことに重点を置き、授業外での学習を効率的にできるようにするといった工夫も必要だと思われます。単に授業時間の多寡の議論ではありません。

(続く)


posted by 杉田伸樹 at 08:34| Comment(0) | TrackBack(0) | Vita lingualis | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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