2010年09月13日

おれは外国語がうまい

いや、今年の夏は暑かったですね。暑いときこそ大仮説の季節です(何それ)。

今回の大仮説は「自分で外国語がうまいと宣伝している奴ほど実は下手くそ」です。え、何、そんなの常識だって?いや、実はそうではないかと薄々思っていたのですが、世の中は広いもんで、そうでもないと言うのもいるようで、なかなか証明に手間取っていたんですよ。

人間はもともと自分は偉いと勘違いしやすいものだそうで、例えば外国語について言えば、他人が話したり書いたりするのを見聞きして「おれの方がうまいな」と思ったときは、実は客観的にはあまりレベルは変わらない、あるいは人の方がうまかったりするそうです。

普通の人間はこのような危ないことがあるのを知っているので滅多に自慢などしないものですが、小学生レベルだったらついついやってしまうようです。

外国語を習っているときは特にほめられたりおだてられたりすることが多いのはすでに述べた通りです。これを真に受けて「自分はうまいんだ」などと思うのは馬鹿ですし、人に吹聴するなどというのは輪をかけて馬鹿としか言いようがありません。

こうした馬鹿が人を教えるようになると全く悲惨で、まったく根拠もなく免許皆伝などと言いだすようになります。まあ、普通の判断力があればこんな馬鹿を師匠にすることはありませんけどね。

自分の例を出して恐縮ですが、私が受けた英語に関する某テストの結果にあったパーセンタイルの数字と日本の人口から算出すると、私より英語がうまい日本人は12万人いてもおかしくないという事実に気がついて、迂闊なことは言えないなと思ったものです。これは統計学をやらなくたって分かることです。

ということで「おれは英語(スペイン語でもフランス語でも中国語でも良いですが)がうまい」などと言っている人間を見たら、まず疑ってかかるのが良さそうです。外国語の能力の前に、ちゃんとした考え方をしているかも疑わしいからです。
ラベル:大仮説 馬鹿
posted by 杉田伸樹 at 22:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 大仮説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月11日

外国語学習の統一理論

いや、まだそんなに立派なものはできていないんです。

20世紀の物理学が打ち立てたのは「一般相対性理論」と「量子力学」であり、これは人類の知性の大きな成果であると考えられます。この両者を統一することが現代の物理学の最大の挑戦であるとされています。具体的には、「電磁気力」、「弱い相互作用」、「強い相互作用」と「重力」の四つの力を一つの理論で記述するのが目標となっています。

外国語学習を説明するための理論もいくつかあるようですが、私はこれらも物理学と同様に最終的に一つの「外国語学習の統一理論」で説明されなければならないと思います。

すでに私は、ゴルフとカラオケができれば外国語は覚えられるで、外国語学習とゴルフ、カラオケとの類似性を述べています。また、外国語トンデモ学習法においては、ゴルフ、カラオケを身につける理論として特殊相対性理論と対位法をあげています。

ところで、外国語トンデモ学習法(その2)に書いた通り、外国語学習法において「100%できるようになる」あるいはそれに類似の表現を使っているものが多いことを指摘してきました。

これはいかがなものかとずっと考えていたのですが、はたと気がついたのは「外国語学習は20世紀の物理学の偉大な成果の一つである量子力学を考慮していない結果ではないか」ということです。

量子力学の原則の一つとして「不確定性原理」があります。物質の位置と運動量を同時にある精度以上は決定できないというもので、これからすると「100%」などというのはありえないことになります。ですから、「100%」を標榜している外国語学習理論はすべて量子力学的効果を考慮に入れて修正をする必要があります。これができてはじめて、外国語学習の統一理論への道が開けるのです。最初は、外国語学習とゴルフを統一し、最終的にはカラオケまで統一できて外国語学習の統一理論は完成するのです!
posted by 杉田伸樹 at 16:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 大仮説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月03日

外国語学習には超えられない壁がある

ひさびさに「大仮説」の季節になりました(って、どんな季節だ)。いや、そんなに大仮説なんて頻繁に立てられるもんじゃないんですよ。

今日の大仮説は、前に立てた「外国語学習の最大のライバルはお金だ」の拡張です。

それは
外国語学習には超えられない壁がある
です。

え、何が壁なんですか。ネイティブスピーカーが壁ですか。帰国子女のバイリンガルスピーカーが壁ですか。まあ、話を聞きなさい。

外国語学習の壁は一つではなく、少なくとも三つあることが分かっています。具体的には、言っていることが相手に聞いてもらえるかというのが判断基準になります。これを図示すると以下の通りになります。

@金を持っている
v
v
(超えられない壁)
v
v
A言ってることがまとも
v
v
(超えられない壁)
v
v
B言ってることが文法的に正しい
v
Cプロソディ(ストレス、リズム、イントネーションなど)が正しい
v
D個々の音、単語やそのつながりの発音が正しい
v
v
(超えられない壁)
v
v
E声がよく聞こえる

なお、BCDの順序は、それぞれの程度により入れ替わることがあります。


これが正しいことはほとんど自明なことなので、証明は読者の皆さんにおまかせします(笑)。

さて、この仮説の意味するところは外国語学習にとってきわめて重大です。すなわち、超えられない壁で区切られた下の部分だけ練習して身につけても、壁の上のレベルには絶対に到達できないからです。だから、外国語学習者はすべからく、このリストの上の方から努力するべきなのです。間違っても、下の方からアプローチしてはいけません。大事な時間と労力は効率的に使うべきなのは、世の中の大原則です。

なお、この仮説は学習する外国語が何かによらないことも明らかです。ヨーロッパ言語だろうが、東アジア言語(日本語、韓国語だけではない)だけでなく、およそ人間が使う言語ならすべてに当てはまります。また、学習者の母語、国籍、職業(演歌歌手だろうが、俳優だろうが、でも犬やカエルはダメですよ)などにもよりません。適用範囲の広さがこの仮説の強力なことを示しているのです。
posted by 杉田伸樹 at 15:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 大仮説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月25日

外国語の修得には皮肉が不可欠だ

これまで「大仮説」シリーズでは、検証されていない仮説を取り上げてきました。自分で証明することもできないし、誰かが代わって証明することもしてくれないので、仮説のままで放置されています。

しかし!本日初めて、サポートしてくれる証拠がある仮説を提示することができるようになりました。それは次の通りです。

外国語の修得には皮肉が不可欠だ

いやはや、素直な人間では到底外国語を身につけることはできないのでしょうか?ご心配なく。私も大変苦労して、人格的危機を乗り越えて、何とかある程度は外国語ができるようになりました(笑)。

さて、この仮説を証明する証拠はどこにあるのでしょう。実はスペイン語の検定試験であるDELEにあったのです。DELEについてはこのブログでも一度記事にしたことがありますが、こんなに大事なことが入っていたんですね。その文書は「DELE取得の手引き(上級)」で、Instituto Cervantesのサイトからダウンロード可能です。
http://diplomas.cervantes.es/docs/ficheros/200402120018_7_2.pdf

以下、関係部分を紹介します(仮訳は筆者)。

口頭表現
受験者は一般的に次のことができないといけない。
(中略)
・・・比喩や皮肉などの手法を使えないといけない。
(17ページ)

文書表現
受験者は一般的に次のことができないといけない。
(中略)
・・・比喩的、暗示的、皮肉的あるいは滑稽な特徴を含んだ文体を用いないといけない。
(18ページ)


この通りです。すなわち、スペイン王国認定のスペイン語検定試験に受かるためには「皮肉」が必須だと、試験の責任者が言っているのです!

これはこの仮説をサポートする大変な証拠です。仮説は仮説のままでいるのが身の程を知った振る舞いだという有力な意見もありますが(笑)、やはり仮説の正しさを証明する材料が出てくるのはうれしいものです。

私は前に「外国語のうまさはどれだけ文章が分かりにくいかに比例する」という仮説を提示しましたが、今回の仮説はそれとも関係があるように思われます。さらに検討を続けていきます。
ラベル:DELE 皮肉 スペイン
posted by 杉田伸樹 at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 大仮説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月19日

外国語修得は孫子の兵法で

前回の大仮説から少し間があいてしまいましたが(そもそも大仮説なんてそうそう簡単にできるものではないんですよ。いい加減に作ってるんじゃないかと思っているそこの人!)、新たなものをお届けします。

外国語修得は孫子の兵法で

外国語を修得することを柔道や茶道と同じく「〜道」と名付け、メタファーとする人がいます。これに対しては、どうも賛否が分かれるようです。まあ、剣道や華道でもみんながみんな難しい顔して精根込めてやっている訳でもなく、お手軽にやっている人もいるんじゃないかと思うんで(そういう人は「道」を目指してないのだという突っ込みはとりあえず無視して)、単に呼び方だけの問題ならわたくし的にはノー・プロブロム!

しかしながら、「道」のアプローチで私が気に入らないことが一つあります。それは、いずれにしても「個人的な修練、向上の手段」としか外国語の修得がとらえられていないことです。そんな器の小さいことでは、これからの世の中はわたっていけません。大事なのは「戦略的思考」、これです。

戦略といえば、クラウゼヴィッツなどが有名ですが、なんといっても中国四千年の歴史の中でさんぜんと輝く「孫子の兵法」に尽きます。

一番有名な言葉として「戦わずして勝つ」というのがあります。これは外国語学習に一番役に立ちそうです。そうは言っても「勉強しないで覚える」ではないですからね。敵は学ぶべき外国語ではないのです。外国語を使って説得しなければいけない相手です。「戦わずして勝つ」はこの場合「しゃべらずに(書かずに)納得させる」です。え、そんなことできないですって?ふふふ、それが素人の赤坂見附。「道」を超えた先にはこれが見えてくるのです!!
posted by 杉田伸樹 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 大仮説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月14日

外国語のうまさは文章がどれだけ分かりにくいかに比例する

大仮説の第4弾は、
外国語のうまさは文章がどれだけ分かりにくいかに比例する
です。何?「分かりやすい」の間違いじゃないかですって。まあ、そこに座りなさい。それから小一時間(笑)。

良く聞きません?「あの人は日本語でしゃべるより英語でしゃべった方がよく分かる。とっても英語がうまいんだな。」(英語でなくスワヒリ語でも良いですが、スワヒリ語が分かる人は少ないでしょうから)

これはまったく正反対、120%間違いです。

分かりにくい文章を書くのは(しゃべるのもそうですが)、言葉を運用する際の超絶技巧なのです。だいたい、物事の根幹や、特許になるような知識がそう簡単に説明できる訳はないし、簡単なものをとにかく分かりにくく書くことこそが、言葉を使う能力の大切な目安なのです。

だから、外国語で文章を書いたり、しゃべったりした途端に分かりやすくなってしまうなんて、外国語能力の低さ、運用能力の未熟さをさらけ出しているのです。

本当に外国語がうまいんだったら、少なくとも母語と同じ程度に訳の分からない文章を書いたり、しゃべったりできなくてはいけません。母語より分かりにくかったらネイティブ・スピーカー以上です!
ラベル:スワヒリ語
posted by 杉田伸樹 at 23:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 大仮説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月12日

外国語修得はサイエンスかアートか、いやマーシャルアーツだ

次なる大仮説は、
外国語修得はサイエンスかアートか、いやマーシャルアーツだ
です。え、もう良いって?まあ、そう言わずに。

そうです、外国語を修得するのは格闘技です。だから、関節技や、肘打ち投げ技があるのも当然です。

そうは言っても、前二者であるという説も捨てがたい魅力を持っています。

科学だったら、革命的なパラダイム転換があれば、外国語を覚えるための苦労なんて一挙解決!新説を書いた本の出版がちょっとぐらい遅れたってすぐに取り戻せます(笑)。でも、地動説を受け入れるんだったら、自分が世界の中心の座から滑り落ちることを覚悟しなければなりません。

外国語の習得は芸術的かもしれません。やっている人を周りの人から見れば、何をどうやっているのかよく分からない。でも、できあがってみると素晴らしい。まあ、そのレベルまでいく人は少数ですけどね。

外国語を覚えるのは技であるとも言えます。まあ、これなら真似をして努力すればそこそこできるようになります。

技の後ろには科学が控えています。だから、正しい技は正しい科学に基づいていなければいけません。でも科学だけでは技は向上しません。たとえ、それが正しい科学でも。ましてや似非科学からは有効な技が生まれるはずはないのです。
posted by 杉田伸樹 at 18:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 大仮説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月05日

外国語学習の最大のライバルはお金だ

次なる大仮説は、
外国語学習の最大のライバルはお金だ
です。あ、気が狂った訳ではないですから(笑)。

外国語を習うなんて面倒なことをなぜやるんでしょう。外国に旅行した時、現地の人と話したりできたら、相手も喜ぶんじゃないか、なんてことでしょうか。でも、次のようなことを言う人もいます。

・・・私の妻は次のように語ります。
「高いお金を払って観光旅行をする人に外国語を習えとはどういうことですか。相手の国にとっては大切なお客よ,私は。お客をもてなすことが受け入れる側の義務でしょう。お客が外国語をできないからといって申し訳なさそうな顔をすることは全然ない。もちろん外国語が少し分かれば,旅行が楽しくなることは事実ね。観光でない旅行? しないわ,そんなの。相手にかかるめいわくについてだけ心配するのなら,コトバの不足より金ケツの方が重大よ。だから外国語を習うより十分なお金を用意すること,これが先決だと思うわ,私は。」(「スペイン語コーヒーブレーク」、寿里順平、日本放送協会)

店員やウェイター、ホテルのフロント係のために外国語を学ぼうなんて、ヘンです。
(中略)
相手にニッコリしてもらいたいんだったら簡単です。お金をいっぱい持っていきましょう。そのほうがその国の経済にも貢献します。(「その他の外国語」、黒田龍之助、現代書館)


そうなんです。外国語がうまくできることとお金を持っていることとどちらが大事かということを良く考えなければなりません。

英語でも、Money talks.って言うじゃないですか。あなたとお金とどちらの方がしゃべるのがうまいか考えた方が良いですよ。

それでも外国語を学びたいんだったら、「お金には負けない」ぐらいになるまで徹底してやるしかないでしょう。そこまでやる気がないんだったら、別のことをやってお金を貯めて、どうしても外国語が必要だったら通訳を雇うなりすれば良いだけです。

こうしたことから考えると、外国語ができるかどうかは「金がとれるか」が判断基準になります。これは実際に外国語を使う職業で所得を得るということだけでなく、その外国語を使わない場合よりも使うことによって、意味のある価値を生み出せるかどうかということなのです。こうした目的なしに学習することは時間の無駄だし、社会的に貴重な資源を無駄遣いしていることになります。

外国語の修得方法もこの目的に合わせて考えることが必要です。

「これさえやればネイティブ・スピーカーと同じに話せるようになる!」などと言って訳の分からない方法を宣伝している人間は、自分の言うことで100万ドルの違いを生み出したり、あるいは自分や他人の生死に関わるような事態になる、といった身の引き締まるような思いをしたことがないに違いがありません。
posted by 杉田伸樹 at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 大仮説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月04日

ゴルフとカラオケができれば外国語は覚えられる

外国語の習得に関してはさまざまな方法が提唱されています。素人が見ても「荒唐無稽な嘘っぱち」であることがすぐ分かるようなものから、嘘がきわめて巧妙にカモフラージュされているものもあります。もちろん、きちんとした理論や長年の経験に基づいた立派な練習方法もあります。

これまでにある優れた方法に付け加えるものを私が提供するのはほとんど不可能でしょう。ただ、これまでの自分の経験から「こうではないか」と感じることを、ご笑覧に供することには何らかの価値があるかもしれません。もとより、きちんとした検証ができるものではないので「大仮説」として書いていくことにします。仮説といってもバカにするものではないことは、この本を読んでもらえれば分かると思います。

*****

さて、第一回の仮説は
ゴルフとカラオケができれば外国語は覚えられる
です。あ、皆さん石を投げないでください(笑)。

私がこのように考えるのは2つの理由があります。第一は、「ゴルフやカラオケをやる時間があるんだったら外国語の練習をしなさい」という、実につまらない、しかし、根幹(笑)の理由です。

第二の理由、実はこれは私が言うのが世界初で特許が取れるんじゃないかと思っている(笑)のですが、ゴルフやカラオケと外国語の習得は、実は同じメカニズムによるものなのではないかということなのです。これは、自分の母語や習得しようとする外国語が何であるかにはまったく関係しません。

なぜかというと、ゴルフ、カラオケ、外国語はいずれも頭で考えるだけではだめで(頭で考えるのだったら誰でもタイガー・ウッズになれる)、自分の体を動かしてやらなければいけないからです。こうしたものには、それなりの練習が必要なのは子供でも分かることで、「これだけやればすぐにできる」と言っているものはまず間違いなのです。

すべてのゴルファーがタイガー・ウッズになれないのと同様に、また、カラオケが好きな人すべてがシャキーラのように歌って踊れるわけではないのと同様に、外国語の習得も得意な人と得意でない人がいるのは仕方のないことです。それでも、それなりの練習をすれば、一緒にラウンドして迷惑をかけないようになれるし、カラオケに誘われないようになってしまうこともないのです。

だから外国語だって、それなりの練習で困らないようになることは可能なのです。ただし、「これさえやればタイガー・ウッズのスコアが出せます」というのがほとんど詐欺であるのと同様、同じようなことを言っている外国語の習得方法もほとんど詐欺であるということは理解しておく必要があります。

なお、この仮説は「ゴルフかカラオケがうまくなければ外国語はうまくならない」ということを意味していないことにも注意してください。これは初等論理学の問題です(笑)。
ラベル:ゴルフ カラオケ
posted by 杉田伸樹 at 11:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 大仮説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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